消え行く陽炎と想い

子供の頃に耳にした年寄りたちが使う特別な間柄を表す言葉は色取り取りの含みが有り、子供心にくすぐったくなるほど面白いものでした。
懇ろになる、手を出した、袖奮る縁、縁がある、枕を交わす、きぬぎぬの別れ、結縁を結ぶ、想い人、契る、なさぬ仲で、一夜の契り、文を交わす間柄、などと含みを持たせた言葉で語って居たと記憶しております。
片思いで肩を落としてる人の事を指して、「あの方は朱雀院で病んでおられる・・」とクスリと笑って居ました。
当時は朱雀院が何を指すのかは判りませんでしたが、諦められず死んで必ずや一緒にとの思いは水に写る絵のようでした。
山に赤い夕焼けの空、遠くから貴方に思いを伝えたいと袖を振りながら恥ずかし怖し、ああ人様に知らてしまうなどと、映画を見るように頭の中で想像した物です。
何時の頃でしょうか、エッチは動詞と名詞共々に使える便利な言葉となって昔の言葉を駆除してゆきました。
私が知ってる言葉は四半世紀前から冷凍保存されてるもので、故国の母からは私は古臭いと笑われます。
言葉の寿命は50年、それ以降はその言葉の意味や裏にある意図が理解できなく成ると何かの本で読んだ事が有ります。
私も朝の葉の露と消える事でしょうから、大切な人に今の想いと全ての事に感謝を伝えておきましょう。
愛を込めて、感謝を込めて。